インタビュー
2025年2月18日 掲載
共創研究プロジェクトインタビュー「事業開発を支える守りと攻めのELSI」(日本電気株式会社(NEC)加藤 英人さん)
Profile
加藤 英人
日本電気株式会社 Digital ID事業開発統括部 シニアプロフェッショナル
1991年入社。システムエンジニアとして企業向けシステム開発に従事。2000年以降、ビジネスコンサルティングや経営企画業務に従事し、2019年より新規事業開発に携わる。現在は、生体認証や映像解析技術を活用した新事業開発に従事。
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2022年にスタートした、日本電気株式会社(以下、NEC)と大阪大学社会技術共創研究センター(以下、ELSIセンター)による共創研究プロジェクト「顔認証技術の適正利用に向けた産学共創研究」も3年目に入りました。このプロジェクトでは、顔認証のような生体認証技術を社会実装する際のELSI(倫理的・法的・社会的課題)の探索を行い、その適正な利用方法についての研究を進めてきました。
NEC側の研究責任者である加藤英人さんに、プロジェクトで進めてきたことについて、そして、進めることで見えてきた新たな課題について伺いました(2024年3月にインタビュー)。
(聞き手:鈴木 径一郎/大阪大学ELSIセンター 特任助教)
そもそも、なぜELSIセンターと共同研究を?
——ELSIセンターとの共同研究を通じて、組織としても、加藤さん個人としてもELSIに対する考えが深まってきた実感があるのではないかと思います。まずは、このプロジェクトを始めた当初の動機について教えてください。
私たちの部門は生体認証技術、とくに顔認証技術を応用したDigital ID事業を推進する部門です。これは社としても注力事業ということで、5年ほど前から力を入れて進めています。
その中でお客さまから、顔認証便利だね、という声をいただく一方で、「個人情報を扱ううえでセキュリティーは十分ですか?」というようなことを、意思決定を行う経営層の方々から尋ねられるということが増え始めました。そういう問題に関しては、NECも組織的に取り組んできていて、具体的には、生体認証技術の適用をサポートする部門やデジタルトラストを推進する部門などが、個人情報保護に対する考え方やセキュリティーに関する問いかけへの対応、人権プライバシーに対する考え方、というところを積極的に情報発信をしてきました。それでも社内の営業や社外のお客様からの問い合わせが増えつつあるという感覚を持っています。
当初はセキュリティー面の問い合わせがほとんどだったのが、次第に「個人情報取得・利用の本人同意を取るときに、利用者はサービスの内容を正しく理解しているんでしょうか?」ですとか、「利用者がきちんと説明を読まずに同意ボタンを押しているケースや、同意されないケースも多いのではないですか?」というような、本人同意の取り方やそのための情報提供のあり方についての話もでてくるようになりました。そのあたりから、個人情報保護に関するポリシーですとか、具体的に情報をどう管理し、どう活用しようとしているのかというところを、実際のサービス利用者により分かりやすく伝えよう、それも、”守り”のためにというよりは、積極的に使ってもらうために発信することが大事ではないか、ということを考え始めたんですね。
利用者にポジティブに使ってもらうための情報発信やコミュニケーションを検討し始めたタイミングで、ちょうど社内の別の部門から 「ELSI」というキーワードを聞いたんです。そこで初めてELSIという考え方や、大阪大学ELSIセンターの存在を知りまして、やはり生体認証やDigital IDの事業推進のためにも、体系的にこういう問題を検討していくことが必要だろうということで、活動がスタートしたという感じですかね。
——顔認証技術導入を検討するクライアントからの問い合わせも増え、それを受けて実際の利用者へのより積極的な情報発信を検討し始めたときに、ちょうど大阪大学ELSIセンターとつながったと。
そうですね。私たちの部門では新しい事業の開発や展開を行っているのですが、その過程で、先ほどお話ししたような、利用者にポジティブに使ってもらうための積極的な情報発信やコミュニケーションはどうあるべきか、というような話が出てきました。事業自体の開発に加えて、新しく創った事業を社会に受け入れてもらい、加速するための仕組みも考えていく必要が認識されてきました。ELSIの体系的な検討というのは、この仕組みを作るうえで効果的なのではないかと思った、ということもありますね。
共同研究の進展と現場適用
——実際にELSIセンターとのプロジェクトを進めてみて、何か変わってきたことはあるでしょうか。
この共創研究プロジェクトでは、実際に進行中の事業をユースケースとして取り上げながら、事業開発や案件対応のガイドとしての活用を想定した「顔認証技術の適正利用に向けた10の視点」を策定しました。その取り組み自体は非常に地道な作業でしたが、ただ、それだけによいものが作れたなという思いはあります。
「10の視点」を策定した後、実際に、あるクライアントの事業についてリスク分析をするという現場で、10の視点と36の論点で体系化したフレームワークを実際に適用してみました。その結果、リスクと対策案を明確に説明できる形で提示することができ、アウトプットとしては満足できるものになりました。ただ、実施にはかなり工数がかかったというのが実際でした。
この現場検証は、この共同研究に参加しているNEC側のメンバーも一緒に取り組んだのですが、開発したフレームワークを使用する場面での課題も見えてきました。共同研究に参加していない社員にこのフレームワークを説明するとなると、まず理解してもらうのが難しいし、実際に使うにも、当たり前ですけど人によって知見も違う、スキルも、ノウハウのレベルも違う。ということで、できたアウトプット自体は非常に良かったんですが、すごく手間がかかりまして。現場で案件支援とか事業開発の支援をしているメンバーの感触でいくと、「これだと現場は使わないのでは?」というような話も出てきたんですね。
全員が使わないといけないような性質のものではないのですが、現場の必要な人に使ってもらうにはどうすればよいか、ということを考えなければ、と。そこで、より具体的な作業の枠組みとして、「リスクアセスメントフレームワーク」の作成をしました。これにより、リスクアセスメントを実施しなければならないような事業開発や案件の対応について、ELSI論点の活用による質の向上と効率化の両方が期待できる状態になりました。ただ、全部の事業開発や案件対応に適用できるものではないんですね。
ですので、どういうケースだったらこの「10の視点」を使った方がいいのか、どういうケースだったらリスクアセスメントをフルにやるのか、といった考え方の整備に今は取り組んでいます。社内で事業開発や案件対応を進めている実際のプロセスの中で、どこでフィルターをかけて仕分けしたらいいか、その検討を行なっています。
「広く、あまねく、軽く」検討する仕掛けも考えたい
——策定したガイドの現場への浸透ですとか、開発プロセスへの実装の仕方、とくにケースごとの性質をふまえた適切なフローというのは、ELSI対応を進める多くの企業が共通して出会う問題かと思います。
結局フルでアセスメントをするのは、新しい案件やリスクが高そうな案件を選んで実施をする、という話になってきます。もちろん、リスクをどれだけヘッジするかということは、それはそれで重要なんですけども、この研究の元々の出発点としてはどうすれば受容してもらえるか、積極的に受け入れてもらえるかということを考えるための打ち手としてもELSIの検討が使えればということを考えていたなと。でも、リスクヘッジっていう話でいくと、この枠組みを適用する対象っていうのがだいぶ絞られてしまうんですよね。
このプロジェクトに関わっているNEC側のメンバーも、日々いろいろな案件や事業開発の支援をしている訳ですが、その中で、既存ビジネスやその延長で考えられるものの方が、新規性の高いものより件数が多いと。例えばその比率を7:3とすると、まずその3割に対してしっかりリスクヘッジするような仕組みにしましょう、というような方向でこのフレームワークを使おうという話に最初はなったんですね。
それはそれでいいことなので、そこに具体的に対応していくためにどういうプロセスを描けばいいかということは議論を継続しています。ただ、せっかくフレームワークを作ったのに3割程にしか使えないのか、というふうにも思い始めたんです。それは元々の趣旨と違うよねと。
積極的に受容してもらうという話でいくと、別にリスクが高いものだけではなくて、普通の事業開発とか、その事業をリリースするタイミングでも、やっぱり事業を受け入れてもらうためにやるということがあってもいい。そういう仕組みをあまり現場に負荷のかからない形で適用できるんだとすると、広くあまねくELSI検討の恩恵にあずかることもできるよね、というのがありまして。
今、だから、そこのところですよね。ごりごりの”守り”パターンだけではなくて、広くあまねく軽くELSI検討の効果を享受する仕掛けというところをもう一つ考えたいなというのがあって、そこをどうしようかみたいなことに頭を悩ませ始めたというところがありますね。
——ありがとうございます。興味深いです。先ほど、「実際に試してみた時に、すごく工数がかかったけれども、出てきた結果は良かったんだよね」というようなお話しがありました。この時の「良かった」というのは、どのあたりにあるのでしょうか。
「良かった」というのはやはり、その案件のリスク抽出をしました、リスクごとの評価をしました、その評価結果からこういう対策を検討しました、ということをちゃんと体系的に説明できる状態で、クライアントに話ができたということころですかね。
その案件では、レピュテーションリスクの検討が必要でした。個人情報保護や人権・プライバシーへの対応であれば、これまでも経験がある。けれでも、レピュテーションリスクというのはもっと幅が広く、それに対してどう回答するかは難しいというのが最初にあったんですよね。
ただ、そのときにこの共同研究を進めていたので、開発した「10の視点」のフレームワークを使って検討をして、体系立った検討をしましたよ、ということそれ自体をきちんと報告できればいいのではという話が出てきまして。ですから、体系立った検討を行って答えを出したというプロセスをきちんと説明できたというのも、これは一つ成果だったと思っています。
”攻め”の側面をどう実装する?
——なるほど。ありがとうございます。次はこんな方向に進んでいこうかな、このあたりを探索していこうかな、という今後の展望をお伺いしてもいいですか。
まずは、NECの中でちゃんと使ってもらうためのインプリメンテーションをしっかりやっていきましょうというのが、やらないといけないところです。新規性の高い案件をどう選んで、どのようなリスク分析をするのか、その他の案件に対しては、よりよく技術を使っていただくためにどのような取り組みをしていくのか、ということです。
先日のELSI Forum2023のときにも、「品質保証とELSIの検討ってどう違うの?」というような話がありましたよね。品質保証が、ちゃんとここのゲートに達していないものをふるい落とすための仕掛けいう話だとするならば、ELSIを事前に検討するということとの親和性もあるけれど、イコールではないよね、という議論がなされていました。あるいは、品質保証の考え方も、マストの品質という話と、積極的に使ってもらうための品質みたいなのもあるはずで、そういう考え方からすると、ELSI検討のようなところに昇華していかないとだめだよね、というような意見も会場から出ていましたよね。
われわれが共同研究の中で進めてきたELSIの検討も、ほうっておくと、「これクリアしてないと駄目ですよ」というような減点方式の事業開発のゲート審査のように捉えられる可能性があるんですよね。そうなってしまうと”守り”の議論にしかならないな、と。
”守り”ではなく、いかに”攻め”として使うか、もっと違う使い方にしていきたいのですが、それが難しいんですよね。”守り”の面だけだったら、既存のゲート審査の仕組みに乗せれば済むんですけど、そうじゃない側面をどのように現場に埋め込んだらいいのかとか、それをできるようにするためにどんな教育をすればいいのかとか、もっと複雑な話になってくるんだろうなって予感がしています。
そして、ここまでは顔認証技術を中心に据えて共同研究を進めてきましたが、ここから扱う領域を広げるための考え方をまとめていきたいということもあります。例えば、ほかの新規技術との組み合わせを考えたときに、これまで顔認証技術だけで考えていたようなところとはどう論点が変わってくるのか、というようなところでしょうか。新しいケースにトライしながら、変わらない部分と変わる部分とを見極めていければいいかなというところですね。