インタビュー

2024年6月26日 掲載

「モラルITデッキ」ができるまで インタビュー 鹿野 祐介 特任助教(COデザインセンター/ELSIセンター)

Profile

鹿野 祐介

大阪大学COデザインセンター/大阪大学社会技術共創研究センター(ELSIセンター) 特任助教
2020年度公益財団法人トヨタ財団特定課題「先端技術と共創する新たな人間社会」にて、次代のELSI人材育成の基盤構築を目指した教育開発プログラムが採択される。COデザインセンターでは、ELSIセンターとの連携を通じて、責任ある研究開発の促進とコミュニケーションのための教育開発に取り組んでいる。専門は、哲学/概念工学。

2023年11月、インパクトアセスメントツール「モラル IT デッキ」が大阪大学ELSIセンターのウェブサイト上で公開されました。このツールは、科学技術が社会にもたらす様々な影響を、対話を通じて評価・検討するために用いることを想定して開発されたものです。

このツールの制作において、中心的な役割を担った 鹿野祐介 特任助教(COデザインセンター/ELSIセンター)に、ツール制作の経緯やそのねらいについて聞きました。

 

「モラル IT デッキ」って?

——まずは、インパクトアセスメントツール「モラル IT デッキ」がどういうものなのか、簡単に教えてください。

「モラルITデッキ」は、科学技術が社会にもたらすさまざまな影響を、カードを並べて話し合いながら誰でも気軽に検討・評価することができる対話ツールです。

「モラルITデッキ」のカードセットは、プライバシー、倫理、法、セキュリティという4種類のカテゴリーに分かれていて、それぞれのカテゴリーに13枚、合計52枚のカードが用意されています。カードには、科学技術の責任ある研究開発に関わる重要なキーワードや概念、そして、検討すべき問いが書かれているので、「この技術にはプライバシーに関するこういう問題が起こるかもしれない」、「この使い方には倫理に関するこういう側面を配慮する必要もあるんじゃないだろうか」といったように、話し合うきっかけを提供してくれます。

——どのような場面で使うことが想定されているのでしょう?

「モラルITデッキ」の制作にあたって特に心がけたことのひとつは、〈ELSIの専門家でなくても使うことができる〉ということでした。

科学技術がもたらすELSIを見据えて、責任ある研究開発を進めていくためには、評価対象となる科学技術について、それらのELSIについての専門家やELSI研究に従事する人たちと、その科学技術の研究開発に直接関わる人たちやそれらを社会に導入しようとする人たちとの協働が欠かせません。ですが、日々、研究開発に携わる人たちやそれらを社会に導入しようとする人たちがELSIや責任ある研究といった考え方やそれらに関わる専門的知識に馴染んでいるかというと必ずしもそうではありません。だからこそ、ELSIや影響評価についてそれほど精通していない人でも手軽に使えるように、カードに記載する文章やキーワードの選定、関連するイメージのイラストは、制作にあたって特に気をつけました。

 

「モラル IT デッキ」ができるまで

——イギリスの研究者が開発し、公表をしていたツールを翻訳したものなのですよね?

はい。そうです。「モラル IT デッキ」は、Lachlan D. UrquhartとPeter J. Craigonが2020年に開発したインパクトアセスメントツール “Moral IT-Deck” を日本語化したものです。

私が2020年の冬に大阪大学ELSIセンターに着任して、まだELSI研究という新しい領域に足を踏み入れたばかりの頃、標葉隆馬さん(大阪大学ELSIセンター 准教授)からELSI研究の先行研究として共有してもらった数十本の文献リストの中に、 “The Moral-IT Deck: a tool for ethics by design” という論文が含まれていて。それが、 “Moral IT-Deck” との最初の出会いです。

ちょうど2021年の4月から、公益財団法人トヨタ財団特定課題プログラム「先端技術と共創する新たな人間社会」「『MELSIT』というヴィジョン―領域横断的な『ELSI人材』モデルの共構築と人材育成 の協働設計― 」(研究代表者:鹿野祐介)のプロジェクトが始まり、ELSI人材の育成に使えるよい教育ツールはないかと探していたところでした。

——まずは、どこからスタートされた?

“Moral IT-Deck” を見た瞬間、「これは面白い。ELS研究や実践の幅が広がる」と思い、ELSIセンターの研究者たちに紹介しました。研究開発従事者に「エシックスバイデザイン(Ethics by Design)」という考え方を実装しようという開発者のねらいも、ELSIセンターの研究者間で共有されていた「研究開発の現場でELSIをどうやって自分事として捉えられるようになるか」という問題意識にうまくはまって、「これは使えそう」と反応も好評だったのを覚えています。

まずは、カードのすべての文言を日本語に翻訳しました。そして、その翌月には“Moral IT-Deck”を使ったインパクトアセスメント・ワークショップをELSIセンターの研究者たちと共にトライアルとして実施しました。“Moral IT-Deck”を使ってみた結果は期待どおりで、これは、ELSIセンターでELSI研究者たちが取り組んでいる実践をフレームワークに落とし込んだものという印象を持ちました。

それからは、ELSIセンターの研究者を集めて何度かワークショップをしたり、ELSIセンターが共同研究をしている企業(株式会社メルカリmercari R4D)でのELSI研修で活用したりする中で効果検証を行い、ELSI人材育成のための教育コンテンツとして本格的に日本語化することになりました。

日本語化のプロセスや制作上の工夫、デザイナーさんとの協働については、ELSI NOTEにいろいろと書いていますので、そちらもご覧いただけると嬉しいです。

 

「モラル IT デッキ」の活用先

——このツールは、いろんな場面で使われていますよね。

はい。「モラルITデッキ」は、ELSI人材育成を目的として、いろいろな場面で使っています。先にも触れましたが、企業で行われるELSIに関する研修でも利用していますし、大阪大学では、「学問への扉」という学部1年生対象の授業、大学院生向けの授業で利用しています。学部1年生から博士後期課程の学生まで難なく使いこなせているようです。2023年には、高大接続事業(SEED)のワークショップで、高校生にも使ってもらいました。

——どうしてこのツールは幅広く使えるのですか。

先ほどお話をしたように、「モラルITデッキ」の制作にあたっては、〈ELSIの専門家でなくても使うことができる〉ということを意識して、専門用語や難しい言葉を並べたりせず、できるだけ平易な日本語で、手に取りやすいデザインで初見でも使いやすくなるような工夫を施しました。こういった制作上の配慮が、さまざまな場面での利用に繋がっているのだと思います。また、「モラルITデッキ」を使用する場面が、ひろく〈ELSI人材の育成〉という共通の目的を据えていることも、利用する場面の広がりに影響していると思います。

科学技術の研究開発に直接関わる人たちやそれらを社会に導入しようとする人たちに利用してもらい、科学技術のELSIに眼を向けてもらいたいという、”Moral-IT Deck” の開発者たちと共通する思いがまずあります。それだけでなく、大学生や大学院生、高校生など、将来的に研究開発やその社会実装に携わることになる人たちにも利用してもらい、ELSIへの問題意識をもってもらうことで、次の世代のELSI人材として、ELSIを見据えた責任ある研究開発に携わってもらえればとも思っています。

カードの使い方やワークショップの実施方法などについてご相談に乗ることもできます。ぜひ、ELSIを見据えた責任ある研究開発に向けて、「モラルITデッキ」を活用いただければと思います。

 

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