ELSIセンターを取り巻く現状とは岸本 充生 センター長インタビュー(後編)

2020年4月14日 掲載

Profile

岸本 充生

1970年兵庫県生まれ。1998年京都大学大学院経済学研究科博士後期課程終了、博士(経済学)。同年、通産省工業技術院資源環境技術総合研究所入所、独立行政法人産業技術総合研究所安全科学研究部門研究グループ長、東京大学公共政策大学院及び政策ビジョン研究センター特任教授を経て、2017年から大阪大学データビリティフロンティア機構教授。原子力規制庁放射線審議会委員(2017年度から)、総務省政策評価制度部会委員(2015年度から)など。専門はリスク学。子どもの小学校のPTA会長(2018~2019年度)。

-ELSIセンターを取り巻く現状とは、どのようなものなのでしょうか。

様々な科学技術が社会に導入されてきた経緯を振り返ると、導入以前にリスクが高いと予測されていても、実際に問題が起こらなければ対応ができない、ということが少なからずあります。逆に一度問題が顕在化してしまうと、それが非常に稀なケースであっても、その稀なケースを起こさないための規制をしなければならなくなる、ということになります。

また、技術の導入前に安全性を「検討する」こと自体が回避されてしまうケースもあります。それは、「安全性について検討する」ということは「将来何か悪いことが起こるとわかっている技術だ」という外部からの批判に対して研究開発をする側が萎縮してしまうからです。私自身、これは非常に大きな問題だと捉えています。新しい技術を導入する際には、あらかじめ様々な可能性を限られたデータに基づいて検討し、何通りものシナリオを考えておくことが、社会にとって重要なのです。

しかし、研究者や技術者だけで新しい技術にまつわるELSIを検討し、社会への導入シナリオや手続きを細部にわたって考察するのは不可能です。そもそも、政治や経済、人々の心理など技術以外の要素が複雑に絡み合う社会で起こることを、科学や技術の側だけで判断しようとすること自体が不可能なのです。そのような社会のなかにあって、ELSIセンターが取り組むべきことは、多様な研究分野の知見を融合させ、新しい技術を社会に実装する具体の仕組みや手続き、すなわち新規科学技術のガバナンスを提案し、実装していくことです。

-ELSIセンターは、具体的にどのようなことに取り組むのでしょうか。

私自身が考えるELSIセンターの構成員の役割は、研究が萌芽的な段階からその組織の「内部」で幅広いアクターと相互作用的に関わり、問題意識を共有しつつ、そのプロセス自体も省察しながら、仕組みや手続きの正統性や妥当性、透明性を向上させることです。

たとえば、過去のケースの分析と検討は有効な手段のひとつです。ゲノム編集の研究者が、1990年代〜2000年代にかけての遺伝子組換え作物のケースについて学び、教訓を考察することは、自らの研究成果が社会に実装される際に起こりうる可能性の想定範囲を格段に広げるでしょう。新規技術をめぐるELSIについて起こりうる可能性を抽出し、研究者が幅広いアクターと議論を行い、プラスもマイナスも含めたインパクトを検討した上で、その技術を社会の中に適切に位置付けていく道筋を洞察する。これらの多層的活動を相互に関連付けながら、同時に、かつスピードをもって行うことが求められているのです。

ELSIセンターが関わる対象領域についても、ひとつに定めるというものではなく、時代や環境に応じて刻々と変化させていくべきです。私自身は、もともと化学物質やナノマテリアルといった材料系の幅広い分野のリスクを研究対象として扱っていましたが、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故後に放射線や自然災害の分野にも関わるようになり、研究対象がさらに広がりました。ここ数年はそれらに加え、AIや情報科学といった領域も扱うようになりました。同時に、リスクの種類も環境・安全・健康から、プライバシーや差別といった定量化しがたいものにも広がってきた。この流れは私自身の変化ですが、同時に、このような幅広い領域にリスク研究が展開してきたことは、社会にとっても個人にとって、「守りたいもの」の幅が広く多様になったということを端的に示しているとも言えると思います。

当然のことながら、人材育成も我々のセンターにおける非常に重要なミッションです。ELSIセンターは大阪大学に設置されたセンターであり、将来を担う若い研究者が、自らの分野で優れた研究ができるようになると同時に、自らの研究分野をELSIの観点から捉え直し、社会と共創する力を身に着けることができるような教育プログラムを開発します。教育プログラムは、学内だけに閉じることなく、広く産業界や行政機関などへも展開させていく予定です。これにより、ELSIセンターが創出したELSI人材やELSIという考え方が、社会の中に定着していくことを目指します。

 

▶︎岸本 充生 センター長インタビュー(前編)「いま、なぜ、ELSIセンター設立なのか

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