インタビュー

2021年1月14日 掲載

ELSIセンター研究者インタビュー 標葉 隆馬 准教授

Profile

標葉 隆馬

大阪大学 社会技術共創研究センター(ELSIセンター)准教授
1982年生まれ。京都大学農学部応用生命科学科卒業、京都大学大学院生命科学研究科博士課程修了(生命文化学分野)。博士(生命科学)。総合研究大学院大学先導科学研究科「科学と社会」分野 助教、成城大学文芸学部マスコミュニケーション学科 准教授などを経て、2020年4月より現職。専門は、科学社会学・科学技術社会論・科学技術政策論。

2020年9月、JST-RISTEX『科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラム』に採択された研究開発プロジェクト「萌芽的科学技術をめぐるRRIアセスメントの体系化と実装」がスタートしました。本プロジェクトについて、研究代表者をつとめる標葉 隆馬 准教授にお話を聞きました。

9月にスタートしたプロジェクトの概要について教えてください。

科学技術の発展がもたらす「倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal, and Social Issues: ELSI)」の研究において近年、「責任ある研究・イノベーション(Responsible Research & Innovation: RRI)」の枠組みでの分析・議論が進められています。そのような状況をふまえ、9月にスタートしたプロジェクトでは、新規科学技術領域において幅広くELSI/RRI議題の分析と可視化を行います。たとえば、再生医療、ゲノム編集技術、合成生物学、分子ロボティクスなどの分野で日々研究に取り組んでいる科学者・技術者の方々を含めた多様な関係者とともに、各分野でのELSI/RRI議題との向き合い方を、走りながら考えていきます。

新しく始めたプロジェクトの原型は、JST-RISTEX『人と情報のエコシステム』領域で実施していた「情報技術・分子ロボティクスを対象とした議題共創のためのリアルタイム・テクノロジーアセスメントの構築」(研究代表者:標葉 隆馬、2017年10月〜2021年3月)にあります。これまでに私たちは、「問題を可視化するアプローチ」の手法を構築してきました。例えば、メディアの中で飛び交う情報から社会的な関心を可視化することや、専門家による課題の捉え方と一般の人びととの捉え方の違いを可視化するということ、また、ある分野の専門家だからこそ気が付くリスクを可視化するということなどです。これらの手法を組み合わせてELSI/RRI議題を抽出し、その議題について議論する場づくりまでをひとつづきに取り組むのが、今回採択された研究開発プロジェクトです。

新規科学技術の研究開発や、その成果が活用される際に生じうる課題について、社会が判断するための仕組み、あるいは、具体的な制度設計を行う営みは「科学技術ガバナンス」と呼ばれています。「責任ある科学技術ガバナンス」のあり方を探究し、そのシステム構築と実践を行っていくことが、今後の科学技術研究をめぐるシステム全体への信頼構築につながります(*1)。

(*1)ご興味のある方は、標葉准教授が執筆した書籍『責任ある科学技術ガバナンス概論』(ナカニシヤ出版)をぜひご覧ください。

適切な科学技術ガバナンスシステムを構築するためには、人びとが科学技術とそのシステムをどのように捉えているのかについての理解を深めることが大切です。と同時に、研究開発によって生み出された新しい知識と社会の関係性をめぐる将来ビジョンの形成と潜在的なELSIの抽出、その幅広い共有と議論の喚起、多様なフレーミングを考慮した意思決定プロセスの構築が必要不可欠です。私たちのプロジェクトはその中核をなすものと位置付けています。

このプロジェクトが社会に提供する価値とは、どのようなものでしょうか。

私たちが特に重視していることは、事例を増やすということです。これまで、再生医療、分子ロボティクス、ゲノム編集など色々な分野の共同研究者の方々と一緒に研究に取り組んできました(例えば、分子ロボティクス分野の協働研究者の方々と一緒に作ったものの例としてこの、ELSI NOTE)。今回のプロジェクトでも、いろいろな分野の関係者の方々との協働は続けながら、さらに研究の事例を拡張し、横断的な分析を行っていきます。幅広い領域を対象とし、領域どうしを比較することによって、それぞれの分野における共通の課題と領域に特徴的な課題との差分が見えてくるはずです。

国内では、たとえば生命倫理やメディア分析、研究評価など、個別のテーマ・領域において、私たちよりもより深く研究をすすめているチームが存在しています。私たちのグループは、そういった専門家やグループとも既に協働し、連携してきた歴史があります。その上で、私たちのプロジェクトの一つの特徴は、かなり幅広い領域・テーマを一つのグループで全て見渡す、ということです。複数の新規科学技術領域を扱い、そして、多様な手法でELSI/RRI議題を抽出することによって、見える世界が変わるはずだと考えています。

代表者としてプロジェクトを運営するにあたり、特に重視していることはどのようなことでしょうか。

これから進めていくプロジェクトは、社会のニーズと、自らが研究者として取り組みたいこととが両立するように構想を練りました。

社会にとって何が必要なのか。どのような価値を生み出すことができるのか。そして、社会が抱える課題に対してどのような解決策を提案していくのか。研究者として学術研究そのものを大切にしながら、社会をも意識するということは、決して不可能なことではありません。むしろ、そのような姿勢で研究にのぞむことは学術そのものに非常に大きなメリットをもたらすと私は考えています。

このプロジェクトを進める中で、若手研究者の育成という側面も重視しています。若手研究者のなかには、「純粋に学術研究に取り組みたい」という人もいます。もちろんそれは心から応援したい。ただ同時に、研究者として自身の学術研究を継続していくためには、現在の研究者をとりまく厳しい環境について理解し、乗り越えていかなければならない。研究者として生き残るための戦略(それは知識生産の戦略もあればキャリアパスに関する戦略もあります)が必要です。重要なのは、そのような戦略をもつことと純粋に学術研究を行うことが、背反するものではなく両立可能だということです。「日々の仕事(ザッヘ)」としての研究活動と「職業(ベルーフ)」としての研究活動は、実は両立可能なのではないか、ということかもしれません。研究者ひとりひとりが、自分なりにその両立方法をものにするということが、結果的に学術を守ることになります。私たちのプロジェクトに関わる若手研究者には、そういったことについても伝えていきたいと思います。

以上

インタビュー 一覧に戻る