インタビュー

2023年7月31日 掲載

共創研究プロジェクトインタビュー「ELSI研究で再認識したNHKの役割」(NHK放送技術研究所 宮崎勝さん)

Profile

宮崎 勝

NHK放送技術研究所 スマートプロダクション研究部 研究プロデューサー
1997年NHK入局。名古屋放送局にてシステム開発、番組送出業務に従事。2000年より放送技術研究所にてAIを用いた制作支援、ユーザーインターフェース、ソーシャルメディア、データの外部展開等の研究や企画・広報業務に従事。現在は文・理・芸融合研究のマネージメントやオープンイノベーション推進を担当。「仕事の見える化」「徹底した情報共有」「イノベーティブな発想が生まれる組織」などに興味。
技術経営修士(専門職)、博士(工学)。

大阪大学ELSIセンターでは、2022年9月から日本放送協会 放送技術研究所(NHK技研)との共同研究「ELSIに配慮した研究推進のための手引きの策定」を、日本放送協会 放送文化研究所(NHK文研)とも連携して進めています。

NHK技研側の研究責任者である宮崎勝さんに、ELSIセンターとの協働にいたるまでの経緯、共同研究での気づき、今後の展望などについてうかがいました。

(聞き手:鈴木 径一郎/大阪大学ELSIセンター 特任助教)

そもそも、なぜELSI研究を?

「やっぱりELSIを考えなきゃいけない」という機運が、NHK内で高まってきた時期があったんです。

——というと。

NHKの職員向けに役員からのメッセージが度々送られてきていたのですが、その中で、NHKもELSIに取り組んでいくべきだ、と書かれていたことがありました。それを受けて、各部局も「何かやらないと」という雰囲気になっていたと思います。当然、NHK技研も一番そういうことを考えないといけないところなので、話題にはなっていました。

——まずは機運の高まりがあった。

はい。その時にたまたま、私のほうに「NHK文研とNHK技研との文理融合で何かやれ」という特命が下りて来たんです。

私自身、昔から外部連携みたいなことをいろいろ担当してきたからかもしれません。NHK技研の研究者としては珍しいタイプかもしれませんが 、番組制作の部局との連携や、オープンデータの研究などにも取り組んできましたので、そういう話が来たのかと思っています。

テーマの設定も含め考えよ、とのことでしたので、これからNHKにとっても重要な概念となるであろうELSIについて取り組んでみようということになりました。

——確かに、ELSIなら、文理融合研究のテーマとしてもちょうどよいかもしれません。

大阪大学ELSIセンターに声をかけてみた理由

とはいえ、最初は右も左も分からない状況でした。

文献なども調べてはみるのですが、それだけでは難しい部分もありました。みんな他の仕事との掛け持ちでELSIの研究を始めましたので、さすがにマンパワー的にも難しいだろうということで、連携していただける方々を探しました。

そこで、ELSIはどの大学が研究しているのかとウェブで検索するわけですが、当時はやっぱり阪大のELSIセンターさんが検索結果の上のほうに上がってきたんです。ウェブサイトを見ると、何か想像以上にたくさんの先生が所属されている。

数人ぐらいで研究しているのかなと勝手に思っていたんですが、ふたを開けてみるといろいろな分野の方が、兼担の方もいらっしゃるとは思うんですが、法律とか、コミュニケーションとか、倫理を研究されてる方などが大勢いて、すごく層が厚いというのに結構驚きました。

やはり、特定の先生とだけやり取りする、という感じではなく、いろいろな方にご意見を伺えるのではないか、という所が魅力的だと感じて、それが決め手になりました。

すぐにセンター長の岸本先生にご連絡して、一緒にこういうことをやれないでしょうかというご相談をしたんです。

だから安直で申し訳ないのですが、検索エンジンの上位に出てきたということと、あとはELSIセンターさんの体制に魅力を感じて、というのが理由になりますね。

「手引き」をつくろうとおもったわけ

——ありがたい話です。ところで、テーマについても伺いたくて。ELSI研究を始めるにあたり、NHK技研内の研究者たちの利用できる「ELSIに配慮した研究推進のための手引きの策定」をテーマにされた経緯というのは。

私が正式にELSIを研究テーマとして提案したのが2021年の夏ですね。翌年以降に実施する研究の提案をするのが大体夏の時期なんです。2021年度が始まったぐらいに特命が来て、次の研究提案の場でELSIのことを提案しようと準備して、夏に提案を行い、承認されました。

当時は「手引き」ではなく「ガイドライン」と呼んでいました。ガイドラインを作ろうと思ったのは、何のためにELSIを研究するのか、という原点に立ち返ったとき、NHK技研やNHK文研の研究員やNHK職員がELSIに配慮できるような、きっかけを作るのが大事だと感じたからです。

最初は研究という形で検討を始めますが、ゆくゆくはNHK全体、例えば番組制作者などもELSIを体形的に学び、いろいろな場でそれを生かせるような、そういう仕組みづくりに貢献できるものがよいと考えました。ですので、まずは、みんなが参照できるような資料を作ればいろいろなところで活用してもらえると考え、2021年度から3年間かけてガイドラインを作ることにしました。

研究提案というのは通常翌年の計画を提案すると先ほどいいましたけれども、この研究に関しては、一刻も早くやるべきだと考え、2021年から始めますという形で提案しました。

大阪大学ELSIセンターと組んでみて

——実際にELSIセンターとの共同研究を進めてみてどうだった、とかはありますか。

ちょっと個人的な意見になってしまいますが、私はかなり楽しいですね。私だけがそう思っていたら嫌なのですが。

毎回打ち合わせが楽しみです。ELSIセンターのみなさんは、自分ごとに捉えてくださっていて、一緒に考えていただいて、毎回気付くことが多いですね。確かにそうだよな、そこ、気が付かなかったけどそうだよな、ということばかりです。もともとディスカッションが好きというのもありますが、一言で言うと楽しい。

——われわれも楽しいです。毎回。

そうなんです。何かチームになって作っていけてる感じがしますよね。私も今まで共同研究をいろいろやってきましたけれども、ここまでの感じになるのは珍しいのではないかと思います。

ワンチームじゃないですけど、一つの目標に取り組んでいけている。何か一緒に考えていけている感がありますし、しかも議論の内容は今まで自分が知らなかった分野に関連するものが多いので、新鮮で楽しいですよね。

ELSIについての気づき

——ELSIを実際に研究してみて何か意外だった点とか、気付きとかについては、何かあるでしょうか。

おそらく、今までNHK技研でやってきた取り組みも、ELSIをまったく意識してこなかったわけではないと思うんです。ELSIを考えながら取り組んできたものも結構数多くありますし、逆に配慮が足りなかったところも明らかになってくる、という感じですね。

だからそういった意味では、うまく整理できたという気がしています。全く新しいもの、新しい知識をここで得るというだけではなく、NHKのいい所をちゃんと見つけていくということにも繋がっています。

例えば、NHKの役割のひとつである「あまねく」という考え方など、私が入局してからずっと言われてるようなことも、結局は「包摂性」とか「公平性」といった理念につながっています。NHKの存在自体がある意味、ずっとELSIに配慮してきたという部分もあると思います。ELSIへの対応がNHKの役割の一つだということを、あらためて明文化していく作業だと感じますね。

ですので、よい機会だったなと本当に思っています。

——そうか、NHK自体が、ある種、ELSIみたいなものを常に考えてきたみたいなところがあるということが、明らかになったと。

そう思います。それを再認識して、足りない部分がどこというところも見えてきたのが良かったです。できるだけ早い段階からそういうことに取り組んだ方がよいと思うので、早く始めて良かったと感じています。

今後の展望について

——ありがとうございます。現在は「手引き」の作成の途上で、まずはこれを完成させてということにはなるでしょうが、今後の展望はどういうイメージですか。

今年度がELSIの研究テーマの最終年度になります。ご覧いただいている通り、「手引き」はまだまだ未完成で、網羅的に書くことは難しいとも感じています。

あらゆる研究に共通する部分として心得的なものは書けても、個々の研究テーマによって考えなければいけないことは異なりますので、そういうところを全てわれわれのチームで書き下すというのはなかなか難しい作業です。

ですので、ある程度共通の部分まで作り上げるというところが当面の目標になると思いますが、それ以降どうするかという点については、今年度末ぐらいに所内に提案ができればと思っています。

——新たな提案をする。

これから研究所としてELSIにどのように取り組んでいくのか。当然、不断の見直しをしていかなければなりませんし、それを誰がやるべきか、という議論になりますよね。ですので、所内委員会のようなものや、ELSIに継続的に取り組む部署などがよいのではないかと考えています。

今年で研究としては一応一区切りですので、その後どのようにその活動を継続していくのかということを考えて、事あるごとに上層部に報告するようにしています。

例えば、シンクタンクのような機能が研究所には求められますが、そこがELSIについても担当していくのがよいかもしれませんね。ELSIの手引きを更新していくのも、こういう部署が担うべきではないでしょうか。

この取り組みは、終わってしまっては意味がないと思います。手引きができて終わり、後は誰もメンテナンスしない、となると、それこそもう目も当てられないので、それをいかに組織の中で継続していくかというのが今年課せられた一つの大きな課題だと思っています。だからそれが何らかの形で来年度以降、組織の中に根付くというのが私の希望であり、目標ですね。

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