人材育成・社会貢献

第1回CAS研究会「サイバネティック・アバター社会の在り方とELSI」@オンラインが行われました。

2021年6月24日、第1回CAS研究会「サイバネティック・アバター社会の在り方とELSI」@オンラインを開催しました。

サイバネティック・アバター(CA)技術とは、人々が自身の能力を最大限に発揮し、多様な人々の多彩な技能や経験を共有できる技術です。サイバネティック・アバターという「新しい身体」を得ることで、身体の制約を超えて誰もが自由に活動できるようになる社会が可能になります。そのような社会はどうあるべきか、また社会実装にはどのような課題があるのかについて、技術の開発段階から法的、倫理的、社会的な観点を議論する必要があります。

CAS(Cybernetic Avatar and Society)研究会は、ムーンショット目標1のうち「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」の一環として、CA技術と社会の在り方や法的・倫理的・社会的な課題を概観すると同時に、CA技術や社会にご関心のある方のネットワーキングも目的として企画されました。

シリーズ第1回は、登壇者や運営スタッフを含め112名が参加しました。

<研究会概要>
2021年6月24日(木)9:0011:00
■ 実施形態:オンライン開催
■ 話題提供:
 南澤 孝太(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科)
 赤坂 亮太(大阪大学ELSIセンター)
 白土 寛和(カーネギーメロン大学HCI研究所)
 江間 有沙(東京大学未来ビジョン研究センター)
■ 指定討論者:
 城山 英明(東京大学未来ビジョン研究センター)
 岸本 充生(大阪大学ELSIセンター)
■ 主催:東京大学未来ビジョン研究センター、大阪大学 社会技術共創研究センター(ELSIセンター)、JSTムーンショット研究開発事業「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」
■ 開催案内ページはこちら:https://elsi.osaka-u.ac.jp/contributions/1365

 

第1回のCAS研究会は「サイバネティック・アバター社会の在り方とELSI」と題して開催されました。

まず、東京大学未来ビジョン研究センターの城山センター長より開会の挨拶があり、サイバネティック・アバター(以降CAとする)という新しい技術が浸透する社会(サイバネティック・アバター社会。以降、CA社会とする)についての具体的な議論の場としてのCAS研究会の役割が紹介され、特にELSIの、技術が社会に浸透する際のチェックリスト的な機能に加えて、技術が社会に与えるインパクトやどのような社会を構想できるか検討するという機能への期待がのべられました。

続いて、ムーンショット型研究開発事業「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」プロジェクトのプロジェクトマネージャーおよび課題推進者から話題提供がありました。

まず慶應義塾大学メディアデザイン研究科の南澤教授より、当研究開発事業の全体像について話題提供がありました。このプロジェクトでは立ち上がりつつあるアバター産業をふまえ、人間や社会の在り方はどのように変化するのか考えることを主眼においていることが示されました。このような技術は、将来的に複数の身体をもつことで自己の概念も拡張するかもしれないという可能性があります。これにより個人だけでは経験できないことを経験できたり自身の認知を拡張するなどして可能性を広げることが期待されます。このような技術の開発と社会実装とともに、それに伴う様々なELSIについての議論もプロジェクトとして行うことが述べられました。

次に、大阪大学社会技術共創研究センターの赤坂准教授より、CA の法的な研究課題について話題提供がありました。CAが法とかかわる場面について、当該技術がロボットを伴う情報通信であり身体の情報や技能・経験が共有されるという特性を有することから、ロボット法と呼ばれる分野の中でも情報が物理的に作用するといった具現性やアバターロボットの表象の表現などロボットが社会性をもつ側面における問題領域が中心になると説明がありました。更に、個人情報の保護や違法有害情報の流通、媒介者の責任など情報法で議論されてきた問題領域も引き続き問題となることも示されました。このような非常に広い問題領域に取り組むにあたっては、ユースケースを想定して様々なステークホルダーを巻き込んで議論し、実効的な規範形成につなげる必要があることも示されました。

続いてカーネギーメロン大学HCI研究所の白土助教授より社会的ネットワーク研究の立場からの話題提供がありました。CA 社会が訪れることで起こる興味深い点として、実世界において変身・分身・融合ができることが挙げられました。このような技術は自由になりたい自分になれることを意図して設計されておりそのような側面もたしかにあります。しかし、実際にはその技術の設計と利用において他者との関係を抜きにできないことが問題提起されました。すでに、SNSなどのバーチャル空間ではボットと人間の協調関係においてある方向に思考を傾けようとする動きが見られます。このような動きを加速させてしまうことへの懸念が示されました。また、分身したり融合したりすることが方法論的個人主義の世界観を崩してしまうことも問題として提起されました。

話題提供の最後に、東京大学未来ビジョン研究センター江間准教授より「CA社会ってどんな社会?」と題したCA社会における生活や働き方にフォーカスした発表をいただきました。ここで未来を考えるにあたって、技術が新しくなってもそこで表出する価値観が旧態然としたものでありえることが問題として提起されました。技術開発に携わるコミュニティの中で良しとされる価値観であっても、そのコミュニティが多様性に欠けるものであったら、社会全体との間に齟齬が生じてしまいます。そのような社会は望ましいものとは言えません。例えば「家事労働や育児が女性のものだ」というような「アンコンシャス・バイアス」が再生産されてしまうことが懸念として示されました。技術のポジティブな側面とネガティブな側面の表裏一体性がCA にも考えられ、上流段階からどのように設計しどのようにつかっていいのか、多様性のあるプレイヤーと対話していくことの重要性が示されました。

続いて東京大学未来ビジョン研究センター城山センター長および大阪大学社会技術共創研究センター岸本センター長より話題提供に対するコメントがありました。

城山センター長は、次の3つの点がCA社会について基本的な論点になると示しました。第1の点は、複数の身体性を持ったときにそれはなんのためのものなのか、それ自体がいいことなのかという点です。そんな忙しい生活本当にしたいかなど、そこに課題はないのか、物理的に混むという人口問題を生むのではないかという点が示されました。第2に、複数の身体性を制度的に実現するという方法もあり、それとの関係でどのように考えるのかという視点が示されました。複数の肩書と名刺を使い分けるというコミュニケーションのやり方や、責任制限制度などソフト面で「分身」を可能にする方法はあり、それらとの関係を考える必要があります。第3に、一つの身体に複数の人が関与するという特異さがCAにはあり、これはある意味で人間関係を強制する装置ともなりえるという点が挙げられました。分極化する社会を無理やりつなげるなど、無理やりつなげることで何かが生まれるのではないかという提案がなされました。

岸本センター長は、ELSI研究のポイントは新規技術と倫理・法・社会とのギャップを予測して対処することにありながら失敗し続けてきたことを指摘し、CAのELSIについてもこの点がポイントとなることを示しました。特に、インターネット社会のELSIを予測できなかったことと関連してCA社会のELSIを考えることの重要性が指摘されました。CA社会がインターネット社会のELSIを軽減できるのか、なにを抑えると独占的な(GAFA的な)存在となるのか CA社会に特有のELSIはあるのか、すでにバーチャル空間ではELSI的なルールが形成しつつありそれを参考にできるのではないかといった視点がCA社会のELSIについて考えるポイントとして挙げられました。

これらの話題提供やコメントおよびQ&Aに寄せられた質問をもとに全体討論に入りました。ここでは、主に①CAでいかに「幸せ」になるのか②CAを通じて他者と共感しバイアスを克服できるのか③生じ得る様々なギャップにどう対処するのかといった点が議論されました。

①については、CA技術は経済合理性の観点から普及しうることはある程度確信をもてる一方で、それを使っていかに「幸せ」になるのかという議論をしなければディストピアに陥ってしまうという懸念について議論されました。このような懸念に対して白土助教授は、人の「幸せ」は他者との関係性を考えなければならないことを指摘し、障害者には「社会に貢献できているという幸せ」があり、CAを通じた社会参加にはこのような幸せのあり方がありえることを示しました。他方で、以下で述べる②の観点とも関連して、そのような幸せ自体が健常者のバイアスによるものである可能性があり、幸せ自体を問い直すことの重要性も指摘されました。

②のバイアスに関する点は、基本的には自分に縛られている経験や技能を、CAを通じて他者の経験や技能を共有できる、複数人で融合できるということに伴って克服できる可能性が議論されました。CAは経験や技能を共有できる技術であることから、自分以外の環世界を体験できる技術ともいうことができます。このような体験は自らが持つ偏見などのバイアスに気がつくことに繋がるかもしれません。しかしながら、社会的な分断が十分にすすんでしまうと反対側の意見を受け入れられないという実験があることも紹介され、CAを使って経験を共有して共感を生むとしても、工夫が必要だということが示されました。

③の論点であるギャップは、CAを取り巻く様々な状況において生じえます。例えば、このような技術が使える者とそうでない者、プラットフォーム間でのギャップといったCA技術の利用可能性に関する面でのギャップであったり、アバターを通じた世界では幸せでも肉体側が不幸であるなどリアルとバーチャルの間でのアイデンティティの乖離という意味でのギャップも生じ得ることが示されました。前者のようなギャップに対処するためには、ギャップ間を埋めるための規制とともに、インセンティブのデザインが必要なこと、後者のようなギャップについてはむしろアバターを通じた社会参加が肉体側の行き詰まりの解消に繋がり得ることが議論されました。

最後に、大阪大学社会技術共創研究センター岸本センター長より挨拶があり、閉会となりました。CA社会を論じることは既存の社会の先鋭的な問題を論じることとも通じ、すでに一部アバター社会にもなっているインターネット社会など既存のものとの関係で議論することで体系化できる可能性が示されました。

今後も引き続きサイバネティック・アバターが浸透したCA社会の問題について多角的な観点から議論する場を実施していきます。

 


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